合田直弘氏インタビュー 海の向こうの競馬 PART I

日本きっての海外競馬通で、NHK-BSの長寿番組『世界の競馬』の名キャスターとして知られる合田直弘氏。英、愛を中心とした海外競馬のことはもちろん、その青年時代のエピソードやご家族のお話、そしてビールへの深い愛情まで、知的でありながらファンキーでもある合田氏の素顔に、グングンと迫っていきます!
第1回
リードポニーが導いたニューアプローチの英ダービー制覇
 

中野本町の閑静な住宅地の一角にある(有)リージェントに合田さんを訪ねたのは、よく晴れた、気持ちのいい夏の午後でした。カジュアルないでたちの合田さんは、この日の天気のような爽やかな笑顔で、われわれを出迎えてくれました。

まず話題になったのは、2008年英ダービーを制したニューアプローチのこと。合田さんが、こんな裏話を披露してくれました。

「ニューアプローチって、とてもキャラが立った馬なんですね。2歳時にアイルランドのカラ競馬場で走ったときには、なかなか本馬場へ入場してこない。カラ競馬場は本馬場へ入ってくる際にアーチをくぐり抜けるのですが、どうも、そのアーチを嫌がったみたいで、完全に膠着してしまったんです」

「こういう特異な癖があるニューアプローチを管理するジム・ボルジャー調教師は、英2000ギニーに出走する際に、ある提案を主催者側に投げ掛けます。それは、リードポニーを本馬場まで帯同させること。米では一般的なリードポニーですが、欧州では本馬場に入場できるのは出走馬と誘導馬だけ。出走馬を落ち着かせる効果があるリードポニーは、存在そのものが認められていないのです。でも、ボルジャー調教師の粘り強い交渉が効を奏して、ニューマーケット競馬場の主催者は、ニューアプローチにリードポニーを付けることを了解。そしてこの決定は、ダービーが行なわれるエプソム競馬場にも引き継がれました。史上初めてエプソム競馬場の本馬場に入ったリードポニーに導かれて出走地点へ無事到着したニューアプローチは、鮮やかな追い込みを見せて、英ダービー馬の栄誉に浴したのです」

それにしても、長年のルールを改めることに、ニューアプローチのライバル陣営の抵抗はなかったのでしようか。 「それがなかったんですね。ボイジャー調教師の人徳もあるのでしょうが、人間としての大きさというか、寛容の精神といったものを、向こうの競馬関係者は強く持っているのかもしれません。まさに今年の英ダービー馬は、馬名通りの、“新しいアプローチ”によって誕生したわけです」

最後は微妙に上手いコメントで締めくくった合田さん。次回からは、合田さんの心に深く刻まれた、「欧州、思い出の名馬たち」について語っていただきます。(第2回へ続く)

構成・文/関口隆哉

 

合田直弘氏 プロフィール

1959年東京生まれ。慶應中学時代から馬術部に所属するかたわら、千葉新田牧場で「乗り役」としてのアルバイトをこなす。慶應大学経済学部卒業後、1982年テレビ東京に入社。『土曜競馬中継』の制作に携る。1988年テレビ東京を退職し、内外の競馬に関する数多くの業務をこなす(有)リージェントの設立に参加。
現在は、『世界の競馬』(NHK-BS)、『鈴木淑子のレーシングワールド』(グリーンチャンネル)などのキャスターも務めている。