1990年代、阿部雅一郎オーナーの冠名である
「ヒシ」 の馬名を持つ3頭の競走馬たちが、
3歳牝馬限定戦であるG2ローズSを、相次いで制しました。
1994年のG2ローズSを勝ったのは、
2歳時にG1阪神3歳牝馬Sを制し、
このローズSの直後に、G1エリザベス女王杯にも勝った、
日本競馬史に残る名牝であるヒシアマゾン “Hishi Amazon”。
“アマゾン” とは、ギリシャ神話に登場する女性だけの部族のことで、
この言葉は、強い女性の代名詞としても用いられます。
また、アマゾンの人々は、弓を自由自在に操ることができる、
優秀な狩猟部族としても有名でした。
牡馬混合戦のG2京都大賞典を含む、
9つもの重賞レースを制したヒシアマゾンは、
まさに馬名に相応しい、強い牝馬の象徴であり、
素晴らしいタイトルハンターでもあったわけです。
1999年のG2ローズSに勝ったのは、
ヒシアマゾンの5歳下の全妹にあたるヒシピナクル “Hishi Pinnacle”。
“ピナクル”とは、「頂点」、「極み」 といった意味を持つ英語の名詞で、
ヒシピナクルという馬名には、
全姉ヒシアマゾンと肩を並べる、あるいはそれを上回るような、
絶対的な存在になって欲しいという、強い願いが込められていたのです。
結局、ヒシピナクルは、ローズSが唯一の重賞勝ち鞍となりましたが、
ローズS直後のG1秋華賞で0秒1差の3着するなど、
その高い地力を、随所に披露してくれました。
そして、ヒシアマゾン、ヒシピナクル姉妹の間にあたる、
1996年のG2ローズSを勝ったのが、ヒシナタリー “Hishi Natalie”。
このヒシナタリーという馬名は、
スペイン出身のポップス歌手フリオ・イグレシアスの代表曲で、
日本では郷ひろみがコピーした、
『黒い瞳のナタリー』 から名付けられました。
名うての 「女たらし」 としても知られるフリオ・イグレシアスですが、
『黒い瞳のナタリー』 は、彼の真骨頂である、
甘さと哀愁が、全面に押し出されたスローナンバーなのです。
男勝りの勇ましい名前が付いた、ヒシアマゾン、ヒシピナクルと違い、
なんとも軟弱なバックグラウンドを持つヒシナタリーですが、
ローズSを制した1996年には、年間13ものレースをこなし、
G3フラワーC、G3小倉記念、G2阪神牝馬特別を加えた、
重賞計4勝を記録するという、
男馬以上とも言えるタフネスと逞しさを示してみせたのです。
(次回は9月21の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉