時間軸に沿って物語を展開していくのではなく、
物事の起きた順序を一度バラバラにして、
ストーリーを紡いでいく小説や映画があります。
クエンティン・タランティーノ監督の名を一躍有名にした
傑作中の傑作 『パルプ・フィクション (1994年)』、
熱心な映画ファンから熱い支持を集め、海外でも高く評価された、
内田けんじ監督の佳作 『運命じゃない人 (2005年)』 などは、
時制を入れ替えた構成が、
物語の面白みや深みを倍化させた大成功例といえるでしょう。
近年の日本の小説のなかで、この時制の入れ替えが、
素晴らしい効果を生んだ作品が、
伊坂幸太郎さんが書いた 『ラッシュライフ (2002年)』 です。
自らの流儀を貫く、腕の良い泥棒、
年下のサッカー選手との再婚を目論む、女性精神科医、
宗教=神に強い憧れを抱く青年、
リストラに遭い再就職もままならない中年男。
この4人を中心とした物語が交互に描かれていくのですが、
ストーリーが進んでいくうちに、
バラバラに語られていく各エピソードに連関性があることが分かり、
読者は小説世界のなかに、グイグイと引き込まれていくわけです。
この 『ラッシュライフ』 の冒頭には、
同じ 「ラッシュ」 という発音を持つ4つの英単語が提示されます。
“Lash (鞭打つこと)”、 “Lush (豪勢な)”、
“Rash (無分別な)”、“Rush (大忙し、忙殺)” が、その内訳ですが、
ジョン・コルトレーンの名演などで有名な、
ジャズのスタンダードナンバー 『ラッシュライフ』 は、
「豪勢な暮らし」 を意味する “Lush Life” ということになります。
2003年に、父サクラバクシンオー、母フレンドレイの間に生まれた
牝駒ラッシュライフは、英語表記では “Rush Life” 。
日本語に訳せば 「大忙しの人生」 といったところでしょうか。
やや早熟のスプリンターとして、
2歳時のG3函館2歳S、G3ファンタジーSで連続2着した
ラッシュライフの競走馬生活は、
馬名に相応しい、少々慌しいものだったようにも思えます。
高い実力を持ちながら、重賞には勝利できず、
新馬戦と1000万下特別で2勝をあげただけのラッシュライフですが、
現在は繁殖牝馬となり、
2010年春には、初仔となる父アグネスタキオンの牝駒を出産しました。
母が歩んだ “Rush Life” とは一味違う、“Lush Life” を送るような
産駒の登場を期待したいところです。
(次回は5月4日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉