馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第87回
圧倒的速さで短距離重賞を制した「沖縄の美しい人」
第86回
対照的な馬名を持つ、2頭の仏調教英ダービー馬
第85回
米の超一流調教師の名を冠した英のスーパーマイラー
第85回
セリ市からチャンスを掴んだ米三冠馬と日本G1馬の親仔
第83回
金細工師の作品を連想させる、新ダービー馬の佇まい
第82回
日本のオークスで大輪の花を咲かせた、「アイルランドの宮廷」
第81回
「北へ飛ぶ」 マイルの女帝と、「不似合いな役柄」 を演じた息仔
第80回
世界に大きな影響を与える組織の名が付けられたダービー馬
第79回
勝負事の真理を見せた、日本競馬史に残る「究極の美女」
第78回
"西の風" の父と "南東の風" の息仔を持つ重賞2勝の名牝
第77回
探し物をしながら成功を得た、父と娘と娘の息仔
第76回
2歳時に活躍した、「大忙しの人生」 という名を持つ短距離馬
第75回
「賭場の女主人」を母に持つ「正真正銘の」名馬
第74回
ジャズ界の巨人の如き競走生活を目指す、若き去勢馬
第73回
山河より流れ出で、大洋へと繋がった2頭の桜花賞馬
第72回
旧約聖書に登場する怪力の士師が宿ったG1戦4勝の名馬
第71回
勝負への鋭い臭覚を持つ、競馬世界のストライカー
第70回
「人」である父の悲願を「神」である娘が達成か!?
第69回
桜花賞を快勝した 「泥まみれの金襴緞子」
第68回
皇帝の座に昇り詰めた、「犯罪王」
第67回
太陽のような輝きを放つ「抽せん馬の星」
第66回
あやとり「猫のゆりかご」を馬名にした、日本G1馬のいとこ
第65回
世界的名曲を馬名とした名牝が、2月14日に産んだ娘の名は!?
第64回
有名戦国大名と世界的名種牡馬の意外な関係とは?
第63回
南国土佐で馬名通りの走り示した、ダート短距離戦線の星
第62回
孫娘たちに託された、夏場の快進撃
第61回
馬名から受ける印象を覆した、地に足が着いた名牝
第60回
シブいTVドラマから名付けられた、1976年最優秀古牡馬
第59回
多くの国々を旅した気分を味わえる、個性派G2馬とその兄弟
第58回
倒語で馬名が付いた、1970年代初頭の歴史的名牝
第57回
"鷹" と "犬" が融合した2007年最優秀2歳牡馬
第56回
馬名通りに競馬ファンの "裏をかいた"、マイル戦得意な名牝
第55回
日本でG1を制した、ロンドンのストリート名が付いたアメリカ馬
第54回
世界レコードを樹立した女傑の名は、子供向けの飲み物
第53回
競馬世界の "太陽神" が持つ、複雑な性格
第52回
豊かな才能を全開にした妹を祝福する兄の快走
第51回
爽やかなカクテル名を持つ牝馬に求められるもの
第50回
母系3代に伝わる人名を馬名に戴いた天皇賞馬
第49回
絶対王者の名を冠した菊花賞馬が示した、最高の輝き
第48回
「胡蝶蘭」、「花金鳳花」 という馬名を持つ、華やかな母娘
第47回
インカ帝国の "祝祭" を現代日本に甦らせた一流中距離馬
第46回
複数の大ヒット曲のタイトルと被る、日本競馬の名牝
第45回
女性5人のチームワークとパワーが生んだ "伝説の名牝"
第44回
同じ英語を馬名に持つ、地味な日本馬と欧州のスーパーホース
第43回
「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉
第42回
偉大なるダンサーの名を受け継いだ記録的長寿馬
第41回
奇妙に重なり合う、同じ名を持つ作家と競走馬の運命
第40回
種牡馬としても成功した菊花賞馬と米音楽界 "ボス" との縁
第39回
"薔薇のために走れ" なかった、「5月の薔薇」
第38回
世にも怖しい名を持つ、G1レース3勝の世界的名馬
第86回 対照的な馬名を持つ、2頭の仏調教英ダービー馬

1番人気に推されていた
エリザベス女王の所有馬カールトンハウスら強敵を抑え、
2011年のG1英ダービーで鮮やかな追い込み勝ちを飾ったのは、
弱冠19歳のミカエル・バルザロナ騎手が手綱をとる、
フランスの名門A・ファーブル厩舎所属のプールモア “Pour Moi” でした。
10代騎手の英ダービー制覇は、1981年にシャーガーに騎乗した
ウォルター・スウィンバーン騎手以来30年振り、
仏調教馬による英ダービー制覇も、
1976年のエンペリー “Empery” 以来35年振りと、
いずれも歴史的な出来事となったのです。

さて、36年前に仏調教馬として英ダービーに勝ったエンペリーは、
1984年に大きな期待を受けて、日本に種牡馬導入されました。
ダート戦線のトップクラスとしてタフに走ったエイシンライジン、
G2NHK杯2着など、クラシック戦線を沸かせたシンボリデーバといった
活躍産駒を出した種牡馬エンペリーでしたが、
結局、重賞勝ち馬を輩出することは、叶わずに終わりました。
欧州のトップホースにありがちな「軽さ」の欠如、
気性面での難しさが、日本での大成功を阻んだ印象はありますが、
(封建時代における) 王や皇帝の絶対的な支配権」という、
あまりに古臭い、エンペリーの馬名の意味そのものが、
現代の日本の気風に合わなかったという感じもしています。

エンペリーという、古色蒼然とした馬名は、
おそらく母パンプローナ “Pamplona”
(中世のスペイン北東部存在したナバーラ王国の首都) の名から
連想されたものと思いますが、
重厚さはあるものの、現代競馬で必要とされるスピード感には、
著しく欠ける名前であることは間違いありません。

エンペリー以来、35年振りの仏調教英ダービー馬となった
プールモアの馬名は、英語に訳すと “For me”、
つまり「わたしのために」という意味になります。
英ダービーの勝利で
10月のG1凱旋門賞の最有力候補にも躍り出たプールモアの今後は、
日本の競馬ファンにとっても、大いに気になるところですが、
あるいは現役引退後、先輩エンペリーのように、
日本に種牡馬として招かれることがあるかもしれません。
「王や皇帝の絶対的な支配権」 と違い、
プールモアの馬名は、
個人個人を大切にする現代社会の風潮に合ったもの。
それだけに、もし、日本へ導入ということがあれば、
結構な成功を収めるのではないかと予感されるのです。

(次回は7月13日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉