英語でサムソン “Samson” と表記される、
旧約聖書に登場する士師がいます。
士師とは、カリスマ的な能力を誇る英雄たちのことで、
イスラエルの民を救済する役割を担っていました。
ちなみにサムソンは、類まれなる怪力の持ち主。
その能力を駆使して、イスラエルの民と敵対するペリシテ人と戦い、
数多くの人々を斃していきました。
そして最後は、ペリシテ人に捉えられ、その命を落とすのですが、
死ぬ間際に、さらに多くのペリシテ人を巻き添えにしたとも記されています。
ある意味、非常に物騒な人物でもあるサムソンですが、
その存在感の大きさに惹かれる芸術家も多く、
17世紀ヨーロッパを代表する画家のレンブラント、
同じく17世紀に活躍したイギリスの詩人ミルトンらは、
サムソンを題材にした作品を残しました。
また、サムソンと彼がペリシテ人に捉えられるきっかけを作った、
女性デリラを主人公とした、
米の巨匠セシル・B・デミル監督作品 『サムソンとデリラ』 (1949年) は、
アカデミー美術賞、同衣装デザイン賞を受賞しています。
この士師サムソンを馬名の由来としている名馬が、
メイショウサムソン (Meisho Samson)。
競馬を題材とした作品群で知られる直木賞作家の新橋遊吉氏が、
“メイショウ” の松本好雄オーナーに送った、
馬名候補を記した手紙のなかに書かれていたもののひとつが、
旧約聖書中の士師の名に因んだ“サムソン”だったそうです。
メイショウサムソンは、500キロを超える馬体を誇る偉丈夫で、
G1戦全4勝のうち、3歳時のダービーと、
4歳時の天皇賞・秋は、パワーが問われる、
やや重馬場で勝ち鞍をマークしました。
つまり、馬名の由来となった士師サムソン同様、
メイショウサムソンも、なかなかの怪力の持ち主だったわけです。
さらに、皐月賞、ダービー、4歳時の天皇賞・春と、
メイショウサムソンに3つのG1タイトルをもたらした主戦騎手が、
石橋守 (いしばし・まもる)。
このジョッキーの名前も、イスラエルの民を守った、
士師サムソンに通じるところがあったような気がするのです。
(次回は4月6日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉