1871年1月に成立し、第一次世界大戦終結後の1918年11月に崩壊した
ドイツ帝国の元首であり、最高権力者は、
「カイザー (Kaiser) = 皇帝」 の名で呼ばれていました。
初代であるヴィルヘルム1世、2代目フリードリヒ3世、
3代目ヴィルヘルム2世と、歴代のドイツ帝国皇帝は3人を数えますが、
選手、監督としてドイツをワールドカップ優勝に導いた、
フランツ・ベッケンバウアーのように、
「皇帝」 のニックネームで知られた、名サッカープレイヤーも存在しています。
さて、日本競馬界にも、「カイザー」 の名を冠した強豪馬がいました。
トウショウボーイ、テンポイントといった歴史的名馬たちと同世代となる、
1976年のダービー馬クライムカイザー (Climb Kaiser) が、その馬です。
直訳すれば、「皇帝の座に昇り詰めろ!」 という意味になる
クライムカイザーですが、
3歳になって、京成杯、弥生賞と重賞タイトルを重ね、
ついには、ダービー馬となり、
同世代のチャンピオンとなった競走生活は、
まさに馬名を地で行くものとなったのです。
ところが、大本命馬トウショウボーイを降したダービーでの
クライムカイザーのレース振りは、物議を醸すものとなりました。
豊かなスピードと、有り余る才能の持ち主であった、
全勝の皐月賞馬トウショウボーイは、同時に、
気性面の幼さも残していました。
馬体を寄せられると怯む。
それが3歳春の時点での、トウショウボーイの弱点となっていたのです。
クライムカイザーの鞍上・加賀武見は、
トウショボーイの方に馬体を寄せていき、
怯んだところを一気に抜き去る作戦をダービーで採用し、
見事なまでの成功を収めました。
勝負に徹するジョッキーとしては、加賀の騎乗振りは、
ごく当然のものといえます。
ただし、この作戦は、フェアネスを重んじる、
スポーツマンシップの観点からすればいかがなものか、
という声が上がったことも、理解できることではあります。
ダービーでのクライムカイザーのレース振りを非難する人々は、
“Crime Kaiser = 犯罪王” という、同音異義語を、
その馬名に当てはめました。
「皇帝に昇り詰めた犯罪王」。
この馬名におけるダブルミーニングは、
清濁併せ呑む、競走馬クライムカイザーの魅力的な佇まいを
端的に表わしたものである気もするのです。
(次回は3月9日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉