1990年秋、まあ、南半球の季節で言えば、春ということになるのですが、
ニュージーランドの “北島” で、
ひたすらレンタカーを走らせたことがありました。
目的は、前年のジャパンCを世界レコードで制した
ホーリックス (Horlicks) の取材。
オークランドの競馬場から、
デビッド・オサリバン厩舎がある小さな街マタマタ、
さらにはオーナー・ブリーダーである
G・W・グルーシー氏の牧場があるホークスベイまで、
“北島” を、ほぼ縦断したのですが、
羊を放牧している、とてつもなく広大な牧場、
そして360度のパノラマで見渡せる澄んだ青空という、
スケールの大きなド田舎の風景に、すっかり圧倒されたのでした。
オサリバン厩舎にいたホーリックスは、
レースにも出る現役馬でありながら、妊婦という、
日本では、ちょっと考えられない状況のなかで、元気に暮らしていました。
ニュージーランドを含むオセアニアでは、
妊娠した状態で、レースを走るのは、決して珍しくはなく、
むしろ母馬がしっかりと運動をすることで、
子供も丈夫に育つし、お産自体も軽くなるという利点もあるそうです。
そして、このときのレース出走が効を奏したのかどうかは知りませんが、
繁殖牝馬ホーリックスは、
その4番仔に豪G1メルボルンCの勝ち馬ブリューを産む、
大仕事を成し遂げています。
さて、ホーリックスという馬名は、
イギリスの有名な製薬会社グラクソスミスクラインが発売している
麦芽飲料を、その由来としています。
「麦芽」 の意味を持つモルト (Malt) という母の名からの連想で、
ホーリックスという馬名が付いたそうですが、
1989年ジャパンCでオグリキャップとの大接戦を凌ぎ切った
歴史的女傑の名が、子供向け飲料というのも、
ちょっと気が抜ける感じがします。
オーナー・ブリーダーのグルーシー氏を訪ねたとき、
お土産に頂いたのが、“Hawke’s bay Is Horlicks Town”
(ホークスベイはホーリックスの街) というロゴが入ったキャップでした。
このキャップは、地元ホークスベイの人々が、
いかにホーリックスを深く愛しているかが分かるものでしたが、
ホークスベイの人々だけでなく、ニュージーランド国民全体が、
激戦のジャパンC制したホーリックスを、今も誇りに思っているのです。
2010年3月、“世紀の名牝” ホーリックスは、
栄えあるニュージーランド競馬殿堂入りを、見事に果たしました。
(次回は12月1日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉