W杯南アフリカ大会は、熱戦もたけなわといった状況ですが、
1980年代後半、ポピュラー音楽の世界に南アフリカ土着の音楽を取り入れ、
大成功を収めたミュージシャンがいます。
その名をポール・サイモン。
彼が発表したアルバム 『グレイスランド』 は、
南アフリカ独特のメロディーライン、リズムと
“ポール・サイモン節” が見事に融合した大傑作となり、
1987年グラミー賞アルバム・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。
この 『グレイスランド』 以前から、ポール・サイモンは、
ラテン、レゲエ、ボサノヴァなどの、
いわゆる “ワールド・ミュージック(世界各地の土着の音楽)” を
積極的に用いているミュージシャンとして有名でした。
1970年に発表された、サイモン&ガーファンクル時代の
大ヒットアルバム 『明日に架ける橋』 に収録されているのが、
“コンドルは飛んでいく(El Condor Pasa)”。
この曲は、アンデス地方のフォルクローレの研究家としても知られる
作曲家ダニエル・アロミア・ロブレスが1916年に採譜した
伝承音楽のメロディーラインを
アルゼンチン出身の音楽グループ、ロスインディオスがアレンジして演奏し、
そのうえにポール・サイモンが英語の詩をのせて歌ったものです。
したがって、 “コンドルは飛んでいく” のクレジットには、
ロブレス、ロスインディオスのリーダーであるホルヘ・ミチベルグ、
そしてポール・サイモン3人の名が併記されているのです。
サイモン&ガーファンクルが歌う “コンドルは飛んでいく” が
大好きだった馬主の渡邊隆氏は、米の牧場で自らが生産した所有馬に、
この曲の原題を名付けます。
エルコンドルパサーという名の牡駒は、やがて日仏でG1競走を制し、
1999年年度代表馬にも選出される、歴史的名馬となりました。
さて、ポール・サイモンが書いた、
“コンドルは飛んでいく” の英語の歌詞を読むと、
タイトルにもなっている、
アンデス山脈に生息するタカ目の鳥 “コンドル” は、
まったく登場してきません。
「カタツムリになるよりはスズメになりたい」 とか、
「道になるよりも森の方がいい」 といった、
暗喩表現がふんだんに盛り込まれているのですが、
そこにはコンドルに関する喩(たと)えは、含まれていないのです。
しかし、競走馬エルコンドルパサーは、
馬名の由来となった曲の歌詞の難解さとは裏腹に、
とにかく強くて安定感があるという、
極めて分かりやすいキャラクターを確立しました。
先頭でゴールすることを目指して、
ホームストレッチを邁進していくエルコンドルパサーの姿は、
大地にある食物めがけて大空から急降下するコンドルの姿に、
とてもよく似ていたような気がします。
(次回は6月23日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉