ドイツの人たちに、「父なる川」 と呼ばれているのが、
世界有数の重工業地帯として有名なルール地方などを流れるライン川です。
ドイツだけでなく、スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア、
フランス、オランダといった国々を通過していくライン川の全長は、1233km。
日本最長の信濃川が367kmですから、
そのスケールの大きさは、相当なものがあります。
流域が長い分、ライン川は様々な顔を見せてくれます。
前述のルール工業地帯では、重厚な印象が前面に出てきますが、
最下流域にあるオランダのロッテルダムでは、
ヨーロッパを代表する港湾都市の水運を支える、
庶民的で、活気あふれる表情を覗かせてきます。
また、ドイツ西部のマインツからコブレンツにかけてのライン川流域は、
中世に建てられた古城が立ち並ぶ、幻想的で美しい風景が続きます。
ライン川クルージングの名所となっている、この流域は、
別名 「ロマンティックライン」 と呼ばれ、
日本からも、数多くの観光客が訪れています。
日本競馬界を代表する名牝のなかに、
このライン (Rhein) 川を馬名の一部としている馬がいます。
その名をラインクラフト (Rhein Kraft)。
“Kraft” とは、ドイツ語で 「力」 を表わす単語。
つまりラインクラフトという馬名は、
「ライン川が持つ力」 という意味になるわけです。
ラインクラフトを、ライン川流域の都市に例えれば、
重厚なルール工業地帯周辺というタイプではなく、
活気あふれる港湾都市ロッテルダムの匂いがするような競走馬でした。
最大の武器である、圧倒的なまでのスピードで活路を拓く競馬。
そんな気風のいいレース振りで、ラインクラフトは、
G1桜花賞、G1NHKマイルC、G2阪神牝馬Sなどの
重賞タイトルを獲得していったのです。
繁殖牝馬としての未来も、大きく期待されていたラインクラフトですが、
突然の悲劇が訪れます。
10月のG1スプリンターズでの復帰を目指して、
牧場で休養中だった4歳8月、調教中に急性心不全を発症し、
その子孫を残すことなく、天に召されていったのです。
鮮烈な現役時代の印象を強く残した状態で、
永遠に時計が止まってしまったラインクラフト。
まるで、ライン川流域のマインツからコブレンツに立ち並ぶ古城のように、
競馬ファンの心のなかのラインクラフトは、
極めてロマンティックな存在として記憶されているのかもしれません。
(次回は5月12日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉