“Old Line State” =伝統の州、とも呼ばれる、
中部大西洋沿岸に位置するメリーランド州は、
アメリカ合衆国が正式に誕生することになった、
1784年のパリ条約が調印された場所でもあります。
その由緒正しいメリーランド州に住む、P・カインさん一家は、
とても知的な習慣を持つ、古き良きアメリカの家族でした。
その習慣とは、
「もしもこんなことが起きたら、われわれはどうするべきか?」
というディスカッションを、夕食後に家族全員ですること。
そして、ある晩の議題が
「ケンタッキーダービーに出走するような馬を持ったとしたら、
どんな名前を付けたらいいのか?」というものでした。
カインさん夫妻とふたりの娘さんによって繰り広げられた熱い議論は、
レポート用紙5枚分もの馬名リストにまとめられました。
そのなかに、カインさん一家がもっとも気に入っていた馬名があったのです。
カインさんは、こう述懐します。
「ともに“S”から始まる2つの単語から成り立っているので、
語感がとても良かったんですね。
それに教会のミサがもたらす静かな日曜日の雰囲気が、
上手に表現された馬名だとも思いました」
カインさん一家は、自分たちの議論の成果である馬名リストを、州ひとつ隔てた、
“Bluegrass State” =ブルーグラスの州、
米中東部に位置するケンタッキー州で牧場を経営しているアーサー・ハンコック氏に郵送しました。
そして、米競馬界きってのオーナーブリーダーでもあるハンコック氏は、
一面識もなかったカインさん一家が送ってくれた馬名リストを、大切に保管していたのでした。
「いつか、このリストのお世話になるかもしれないと感じていたんですね。
それで、1986年に産まれた、父ヘイロー、母ウイッシングウェルの青鹿毛の牡駒には、
ピンと来るところがあって、リストのなかにあった名前を付けることに決めたのです」
ハンコック氏が選んだ馬名は、カインさん一家の一押しでもあった
“サンデーサイレンス(Sunday Silence)”。
「名前の響きが素晴らしかったし、
わたしが敬愛するアーティストであるクリス・クリストファーソンの名曲
“Sunday Morning ComingDown” を連想させてくれたのが、
“サンデーサイレンス” を選んだ決め手となりました」
競走馬となったサンデーサイレンスは、ケンタッキーダービー出走を果たし、
見事に、「薔薇の戴冠」を現実のものとします。
カインさん一家の議論の結論は、まさに的を射たものとなったわけですが、
カインさんも、ハンコック氏も、後に種牡馬となったサンデーサイレンスが、
太平洋のはるか彼方に存在する、極東の島国の競馬史を
完全に塗り替えてしまう大活躍を示すことまでは、予測していなかったのではないでしょうか。
(次回は11月25日の水曜日にお届けします) 構成・文/関口隆哉