2010年02月10日
こんにちは。
今週はきさらぎ賞にまつわるエピソードをおおくりしています。
きのうはウオッカの故郷カントリー牧場の一期生である
マーチスとタニノハローモアがきさらぎ賞でワントゥーを決め、
さらに前者が皐月賞、後者がダービーを戴冠したお話をしました。
しかしカントリー牧場の勢いは止まりません。
1年おいた70年、タニノムーティエがきさらぎ賞に駒を進めます。
2歳時を9戦7勝でおえた彼は3歳緒戦のここも楽勝、
つづく弥生賞、スプリングSも連覇して皐月賞に臨みます。
宿敵アローエクスプレスとの一騎打ちを制して一冠目を奪取。
NHK杯は取りこぼしましたが、ダービーではみごとにリベンジ、
二冠馬の勲章を手中にします。
2着にはきさらぎ賞4着のダテテンリュウが食い込んでいました。
カントリー牧場から三冠馬が誕生するのは時間の問題、
そう誰もが思ったほどのタニノムーティエの強さでした。
しかし競馬の神様はハッピーエンドばかりを約束してくれません。
秋に復帰した彼は緒戦が4秒5の大差をつけられ惨敗、
2戦目も勝ち馬から1秒5差の6着とまったく競馬になりません。
のど鳴りを患っていたようです。
菊花賞を引退レースと決めた陣営は
彼がのど鳴りであることを事前に発表しています。
賛否が分かれるところでしょうが、
ファンはそれでも彼を5番人気に支持しました。
悲運の二冠馬を温かい声援で送ってやりたい、
そんな気持ちがこもった単勝馬券だったのでしょうね。
彼はファンの声に応えるように四角でポジションを上げ、
一瞬ですが見せ場をつくってみせたといいます。
しかしそこが彼の競走馬生活のゴールでした。
馬群であえぐ悲運の二冠馬を尻目に先頭でゴールしたのは、
わずか半年前のきさらぎ賞で4着に負かしたダテテンリュウでした。
この年の三冠すべてをきさらぎ賞組が制したことになります。
最初の3年間で2頭のダービー馬を出した谷水信夫さんですが、
翌71年、飲酒で無免許の男の車にはねられ非業の死を遂げます。
現オーナーの雄三さんが引き継ぎますが、
タニノギムレット、ウオッカでダービー親子制覇を実現するまでに
実に30年以上の歳月がたっていました。
親子で4頭のダービー馬というのも凄い記録ですが、
それ以上に継続させることの大事さを思い知らされますね。
きょうも来てくださってありがとうございます。
武豊騎手と西川哲 東京サラブレッドクラブ社長の特別対談、
馬名にまつわるちょっとディープな話題を積み込んだ
『馬名ミュージアム』を更新しました。
お暇なおりにのぞいてみてください。
どうぞよろしくお願いします。