俊 | はじめまして、山本です。 今日は本来なら年下の私のほうからお伺いすべきなのに、 わざわざお出かけいただき申し訳ありません。 |
駿 | いえいえ。 どうもはじめまして、清水です。 私はかねがね山本さんというホースマンに 興味を持っていましてね。なぜかというと、 山本さんと藤澤和雄調教師のコンビは 常識で計れないようなことをやってくれる。 昨年のアメリカ遠征、今回のドバイもそうですが、 壮大で痛快な夢を見せてくれる。 |
俊 | 私は藤澤先生やスタッフにご迷惑をかけながら、 わがまましているだけですよ。 |
|
駿 | ベルモントSの前後に私は向こうに滞在していましてね、 もう凄い盛り上がりでしたよ。 クラシックレース、しかもアメリカでは珍しいタフで ハードなベルモントSに兄姉に続く3連覇をかけた ビッグチャレンジが、どれほど向こうの人を喜ばせたことか、 しかも対決するライバルが無敗で三冠馬をめざすビッグブラウン、 もうこれ以上はないという舞台設定でした。 結果はともかく“いい夢を見させてもらった”というのが、 向こうの人たちの本音じゃないですか。 |
俊 | それは私の手柄じゃありません。 向こうの方々のこのレースに対する尊敬の念や、 カジノドライヴの血統に対するリスペクトの思いのもの凄さが つくりあげた盛り上がりだと思いますよ。 |
駿 | それに応えた山本オーナーも偉いよ。 |
俊 | いやいや、私は指を一本差し出しただけ。 そうしたら向こうのファンやジョッキーなどの競馬関係者が、 その指にとまってくれたみたいな感じですね。 でも、そうしたことで見知らぬ人々と共鳴しあえたというか、 つながりあえたことは、とてもうれしかったですね。 |
駿 | ベルモントは挫跖というアクシデントで直前に 出走を断念しましたが、次に世界最高峰レースのひとつである ブリーダーズCクラシックに挑戦しました。 |
俊 | ええ。ベルモントでカジノドライヴに対する 向こうの人の思いの深さを見せてもらって、 アメリカン・ドリームというわけじゃないんですが、 チャンスがあれば挑戦しようって思っていました。 |
駿 | ところが昨年のブリーダーズCは史上初めてのオールウェザー。 それまでまったく実績のなかったヨーロッパの芝馬が 大活躍するようなコンディションでした。 |
俊 | そうでした。 たしかにこの馬にオールウェザーは向いていないなと思いました。 でも、ベルモントでの挫跖からの回復が遅れ、 元気そうに見えても、まだ本調子になかったのかもしれません。 |
駿 | 帰国してJCダートに挑みます。 私は藤澤先生のことだから、 てっきり春までは休養させるのかなと思っていました。 ところが出走してきたのでちょっと驚きましたが、 それでも藤澤さんが出す限り勝ち負けになるだろうと ◎を打ちました。 |
|
俊 | 藤澤先生は休ませるつもりだったようです。 この馬の1年間はたしかにハードでした。 新馬戦が地元じゃなくて京都、出国検疫は新潟競馬場。 そしてニューヨークとロス、アメリカを二往復させましたからね。 見た目は強行軍ですが、実際はそれほど痛んでいるわけじゃない。 それに、休ませてどうするんだ、という思いがありました。 一生に使えるレース数は限られていますからね。 なら、レーティングで出走のチャンスがあるJCダートを使い、 フェブラリーSをステップにドバイへ挑戦させるべきだと思いました。 JCダートでは、私も先生もJRAの一員として 日本の競馬の盛り上げに貢献すべきだろうと思いました。 |
駿 | その思いはうれしいね。 でもそれで藤澤先生は納得したんですか。 |
俊 | けっこうシビアな議論になりましたよ。 もうけんか腰でしたね(笑)。 |
駿 | 次走のアレキサンドライトS圧勝時の 馬体重がマイナス22キロ。 それを考えるとJCダートは太目残りだったのかもしれませんね。 |
俊 | 向こうでは馬体重を量る習慣がありませんから、 適正体重はどのあたりか判断するのは難しいですね。 |
駿 | そしてアレキサンドライトSを叩いたフェブラリーSで一変した。 私は藤澤さんが54秒2という前日追いをかけてきた時点で 彼の本気度を察知しました。ガラリと変わってきた馬も偉いが、 ここ一番にきっちり仕上げる藤澤さんの手腕は並じゃない。 確信の◎です。馬単▲◎で1万4070円、的中させてもらいました。 でもね、競馬にタラレバは禁句だが、仕掛けのポイントが ほんの少しズレていなければ、あとワンテンポ早く 追い出していれば1馬身は楽に抜け出していたと思いますよ。 |
俊 | そうですか。藤澤先生にもまったく同じことをいわれました(笑)。 実は当日、先生が所用で競馬場にこられなかったので、 仕方なく私が安藤さん(勝己騎手)と レース前の打ち合わせをしたんです。 そこで『先(ドバイ)もありますから、軽い気持ちで乗ってください』 って言っちゃったんです。 先生には『ただでさえそういう乗り方をする人にそんなことを言うから 負けちゃったんだ』って叱られました。 どうも私がA級戦犯らしいです(笑)。 |
駿 | ワンテンポの仕掛け遅れゆえに 千載一遇のチャンスを逃してしまった。 まさに“流星光庭長蛇を逸す”、 そんな競馬でした。 |
俊 | 川中島の戦いで上杉謙信が追い詰めた武田信玄を 一瞬のハプニングで討ちもらした無念さを詠んだ漢詩ですね。 |
駿 | そうそう。でもね山本さん、不幸中の幸いというか、 間違いなく次につながる競馬はしてくれた。 ドバイでは勝ちます。なぜなら、 今回のフェブラリーSで改めて藤澤調教師の馬づくりの技に 凄みを感じさせてもらったからです。 アレキサンドライトSを調教代わりに使い、 中間、馬体を緩めたといっても完全に緩めたわけじゃない。 馬のストレスを巧く発散させながら、 厩舎に戻してからのわずかな時間でしっかり仕上げてみせた。 これだけの鮮やかな芸当ができる調教師は、 日本では彼一人でしょう。 |
俊 | 私はカジノドライヴを見つづけてきましたが、 ここへきて素人目にも馬が成長しているのが分かるんですね。 日に日に充実してきているって思います。 しばらく会わないでいると別の馬のように成長しているんです。 |
|
駿 | “男子三日会わざれば刮目して見よ”というやつですね。 日々鍛錬を重ねている志の高い人物は常に成長しているから、 三日も会わないと目をこすって良く見なければその進化を見逃すぞ という意味なんですが、人間でも馬でも大物に育つには、 そういう時期が絶対に必要なんでしょうね。 |
俊 | そうですね。 フェブラリーSの後も見違えるような成長がつづいていますから、 ドバイ・ワールドカップには、 今までで一番いい状態で臨めると期待しています。 ここまで本当に辛抱強く育て上げてくれた藤澤先生や スタッフにはいくら感謝しても、し足りない気持ちです。 |
駿 | それにしても、山あり谷あり、いろいろあったけれども、 藤澤流の育て方でゆっくり成長してきたカジノドライヴは ここへきて最高の状態に仕上がってきたのは 間違いのないことです。 |
俊 | 胸を張っていえるのは、 藤澤厩舎あってのカジノドライヴだということです。 たしかにアメリカ血統の誇りを集めたような馬ですが、 キーンランドのせり市でこの馬を選んだのは藤澤先生です。 心血を注いで鍛え上げてきたのも先生とスタッフの方々です。 日本の藤澤厩舎の馬として世界の人々に認知されたら 素晴らしいと思いますね。 |
駿 | 藤澤さんはゼンノロブロイで挑んだ イギリスのインターナショナルSと カジノドライヴのブリーダーズCクラシックの2回、 いわゆるグッドルッキングホース賞をもらっています。 これは藤澤厩舎の馬は手入れが行き届いていて 良く調教されているってことですよね。 世界のホースマンは藤澤和雄調教師を 十分に認めていると思いますよ。 |
| ここで山本さんの携帯電話の着信音が鳴ります。 発信元を確かめて 「藤澤先生です。出ていいですか」 と清水さんに断り電話を耳にあてます。 |
俊 | (しばらく藤澤師との会話をした後、藤澤師に対し) 今、清水成駿さんと飲んでいるんですよ。 成駿さんに替わりますね。 |
駿 | もしもし、藤澤先生ですか。 フェブラリーSのカジノの仕上げに関しては さすが藤澤調教師と脱帽しました。 急遽、帰厩させても一週間あればキッチリと仕上げてしまう。 前日の坂路を54秒2で追った時に、 『あ!本気できているな!』って感じ、 自信を持って◎を打たせてもらいました! |
藤澤 | いつも本気ですよ(笑)。 フェブラリーSに関してはもう一週間早く厩舎に 戻しておけばよかったかなって少し悔しい思いでした。 |
駿 | いや、それでも仕掛けどころひとつで 勝てる競馬まで持ち込みました。 さすが関東ナンバーワン調教師、 いや、失礼、日本ナンバーワン調教師です。 |
藤 | ありがとうございます。 まぁ、なかなか毎回うまくいくとは限らないのが 競馬の難しいところですけどね。 |
| 朝の早い厩舎人にとっては相当に遅い時間のはず あえてこの時間帯に藤澤調教師は 山本さんに何を告げたかったのだろうか。 |
|
駿 | ところで 明日は追い切り(この対談は火曜夜に行われた)だというのに、 藤澤先生はこんな時間に何で電話をしてきたのですか? |
俊 | カジノのドバイ行きの飛行機についての相談でした。 シンガポール経由は日本でインフルエンザ騒動があった関係で 入国させてもらえない、台北経由はUAE当局の許可が下りない。 そうなると残された経路は香港経由しかないんだけど、 これだと香港の乗り継ぎで八時間半も待たされる。 |
駿 | で、その八時間半の待ち時間をどうやって過ごさせるか? という相談ですか? |
俊 | いや、そんなに待たされるリスクを背負うなら、 チャーター便を用意してくれという相談でした(笑)。 |
駿 | さすが藤澤先生だ。 八時間半待たされるとなると、 普通はその間をどうやって無事に乗り切るかを考えるものだけど、 藤澤さんはそこを飛び越してもっと良い手を考えちゃう。 いや~、さすがだなぁ…。 でも、チャーター便となると相当、お金がかかりますよね? |
俊 | ええ。 フェブラリーSの賞金をそっくりつぎ込むことになりますね(笑)。 |
駿 | エ~ッ! それは高い! しかし、それを出してくれという藤澤調教師は凄い。 さすが日本ナンバーワンの調教師だ。 それで山本さんはどうするんですか? |
俊 | そうですね。 藤澤先生がその方が良いというのなら そうした方が良いということでしょう。 |
駿 | それにしてもハンパじゃないですよ。 招待レースなんだから、 ドバイ側の指示に従えば輸送費はタダなわけですよね。 普通は『はい、わかりました』と出せる額ではない。 |
俊 | たしかに安い額じゃない。 でも、勝つ可能性を少しでも高めるために 必要なお金であるなら用意します。 |
駿 | ケチって負けるか、これを投資して勝ち負けに持ち込むか? という感じですかね? |
俊 | そうですね。そういう感じもありますね。 でもね、本音で言うと、 金儲けのために馬を走らせているわけじゃない というのが根底にあるわけです。 だから採算どうこうじゃないわけですよ。 |
駿 | 凄い!まいった! 藤澤調教師も太い人だと思ったけど、山本オーナーにもたまげた。 やっぱり、馬を持つ人はそうじゃなくちゃいけないね! カジノドライヴもこういうオーナーや調教師のために勝たないとね。 きっと勝ってくれますよ。 |
俊 | そうですね。日本で応援してくださる方々や、 世界中でこのレースに注目している皆さんの、 気持ちと気持ちがつながり、幸せな気分になってもらえるような レースをしてくれたらと願っています。 ぜひ楽しんで見てください。 |
| 万全の状態、最高の環境で旅立ったカジノドライヴ 現地到着後も順調に調整されているという。 3月28日、ナドアルシバ競馬場 カジノドライヴはどんな走りを見せてくれるのだろうか。 刮目して待ちたい。 【プロローグ編につづく本編は4月1日より掲載します】 |